春と海
春休みが始まってから、目が回るほど忙しい毎日が続いていた。
2月の前半は院試の勉強で毎日図書館に篭っていたし、院試が終わってからは大学で任されている謝恩会だの卒業パーティーだのの幹事で、日々カフェに篭ってパソコンを開いていた。
本当はゆっくり本を読みたいし、院で始まる研究も始めなければならない。
それから一人で海にも行きたい。
ぼくは休暇が来るたび、一人でよく江ノ島に行くのだ。
特に何をするでもなく、一人で波打ち際に腰を下ろしてぼーっとしている時間が好きだ。
急行で藤沢まで出て、そこから江ノ電に乗って江ノ島海岸で降りる。
砂浜を一人でぶらぶら歩き、気分次第で江ノ島の岩場まで行くこともある
滅多にそこまでは行かないけれども、由比ヶ浜は夏目漱石や西田幾多郎のゆかりの地だ。
「海とはまことに不思議なものだ・・・」
広漠とした太平洋を眺めて哲人がそう呟いたことを、ぼくはある先生の講義で何度も聞かされた。
「海とはまことに不思議なものだ・・・」
ぼくも打ち寄せる潮のしぶきを浴びつつ、波打ち際を歩きながら、目を細めて水平線を眺める。
そうしてぼくは、真っ赤な夕日が江ノ島のむこうに沈み、あたりが寒くなるまで砂浜に止まったのち、ようやっと駅に向けて歩きだす。
ただ何をするでもなく、くたびれるまで潮風を浴びて歩くのが、やつれた精神にはとても効くのだ。
最近カフェで作業している時、頭の片隅に江ノ島の情景が浮かぶので、ぼくはどうやら参っているのかもしれない。
江ノ島は家から遠いので、かわりに先週は横浜に行ってきた。
特に何をしたわけでもないけれども、海沿いをぶらつくだけですっかり満たされた気分になって、ぼくは満足した。
異国風の街並みや港町の情景は、江ノ島とは趣を異にするけれども、ぼくはやはり好きだ。
横浜も江ノ島も、誰かと行くものだと思っていた。
しかし、どちらも一人で十分楽しめるものだとわかった。
また海に行きたい。湘南の海が好きだ。
死んだら僕の灰は、そこに撒いてほしい。
今日はとても気分が沈んでしまい、いろいろと昔のことを思い出してしまった。
作業も読書も手につかず、しょうがないので文章を書くことにした。
僕のもとから去っていった人たちや、去って行った時代のことがいやというほど鮮明に思い出されて、帰ってからしばらく布団を被ってうずくまっていた。
海の話はほんの余談のつもりだったけれども、つい長々と書いてしまった。
ほんとうに書きたかったことは、また機会があれば書こう。
空気はすっかり春めいてきた。もう冬が終わろうとしている。