美しい自殺

ゲーテは恋多き詩人だった。

 

『若きウェルテルの悩み』が、彼自身の体験をもとに書かれたことは、あまりにも有名だ。

 

彼はヴェッツラーで法官の見習いをしていたころ、舞踏会でシャルロッテ=ブッフと出会い、一目で恋に落ちる。

 

しかし彼女は、その時既に、ゲーテの友人ケストナーと婚約していた。

 

ケストナーゲーテの想いを理解し、三人でたびたび出かけるなど、努めて紳士的に振る舞った。

 

ゲーテの情熱はその間も鎮まることがなく、シャルロッテもまたゲーテの想いにつき動かされ、次第に心を乱していく。

 

ついには叶わぬ想いに耐えかね、ゲーテは黙ってヴェッツラーを去ることになる。

 

そのあと、シャルロッテケストナーは正式に結婚した。

 

 

 

ゲーテは、彼女の結婚の日が近づくと、激しく苦悶した。

 

毎晩胸に短剣を突き立て、自殺を考えるようになる。

 

そのころゲーテのもとに、人妻への失恋がもとで、ある友人がピストル自殺したという報が届く。

 

その話に着想を得て書き上げたのが、『若きウェルテルの悩み』である。

 

 

 

失意の底にあった彼にとって、書くことが自殺以外の唯一の救済だったのだろう。

 

私には、彼がなぜシャルロッテの触れたピストルでウェルテルを自殺させたのかがわかる。

 

ウェルテルは間接的に、シャルロッテに殺された。いや、殺させたのだ。

 

愛する人に殺されたいという願いゆえに。

 

 

 

前に書いた通り、人は愛するもののうちに永遠を見出す。

 

それに憧れて、人は愛する対象と一つになりたいと願い、対象と自分とが永遠に存続することを望む。

 

 

けれども、人は時間の中で生きていて、有限な存在である。

 

結婚と生殖は、時間的な存在としての人間が、可能な限り永遠に近づくための手段であろう。

 

これはたしか、プロティノスの言葉だった。

 

 

 

しかし、時間的な永遠性は、時間を超越した真の永遠性には、遠く及ばない。

 

 燦然と輝く永遠な瞬間を、時間軸の中で無理やり捕まえようとすると、いとも簡単に壊れてしまう。

 

幸せな時間には終わりがあり、人と人の関係にも終わりがある。

 

いつまでも近しい人のそばにいたいと願っても、気づけばいなくなっている。

 

そして自分の目を黒い闇が覆い、永遠に光が失われる日が来るだろう。

 

しかし死の瞬間、記憶のうちにある過去は消滅し、期待としてある未来も消滅する。

 

永遠の「いま」にとどまったまま、いっさいの時間の流れが停止する。

 

その瞬間が愛する人の手で訪れたら・・・

 

それがあらゆる道を閉ざされた、若きゲーテの希望だったのではないだろうか。