愛すべき生活

四ツ谷に越してもう一年と半年が経つ。

 

この家での暮らしにはかなり満足している。

 

まず電車を使わずに大学に通える。朝の通勤ラッシュ地獄を味わう必要がないのは本当によいことで、これがないと1日のストレスが3割は減る。

 

実家から通っていたときは、毎日電車の中で腹が痛くなって難儀したものだ。

 

それから新宿にすぐ出られること。

 

新宿はおそらく、東京の中で最も規模の大きい街なのではないか。

 

私鉄三線のターミナル駅になっており、近郊のあらゆる地域から人が集まってくる。

 

駅の周りには百貨店が立ち並び、ここで手に入らないものは何もない。(「新宿は世界の半分」だと思っている)

 

そして大きな本屋があり、そこの新書コーナーに行けば、各分野の最先端の知識がずらりと並んでいる。

 

そのため近郊に住むのと都内に住むのでは、触れられる情報量が段違いである。

 

フットワークを軽くして、気軽にコンサートや映画、歌舞伎を観に行くことだってできるから、やはり文化に触れられる度合いだって違う。

 

私は大学の長い休暇の間、刺激に飢えて、しばしば新宿まで足を伸ばしていた。

 

特に何をするわけでもなく、東口の喫煙所近くの人だかりやら、歌舞伎町の喧騒やら、ヴァニラの街宣車やらを眺め、あてもなくぶらつき、紀伊国屋で本を選び、加賀屋で煙草を買い、名曲喫茶の「らんぶる」か西口の「ピース」でパイプをくゆらせつつ、買った本を読むのが好きだった。

 

それが私の休日の過ごし方である。

 

しかしここに越してきた当初は、今のように割りのいいアルバイトをしていたわけではないからじじゅう金欠で、休日は大学の図書館か、四ツ谷の安いカフェに篭るほかなかった。

 

だいたいそこに篭って語学の予習をしていた。

 

教職で毎日大学に通い、休日はえげつない量のギリシア語の課題とたまった家事をこなし、忙しさに潰れそうになりながらも、それなりに楽しくやっていた。

 

自炊も当初は欠かさなかった。金がなかったから、一食の食材費を300円程度に制限して、その範囲で好きなおかずを作った。

 

始めると凝りだすもので、上野の合羽橋商店街で鉄のフライパンを調達し、本格的な中華を作ってみたこともあった。

 

ただ時間を取られるため、ある程度まとまった金を稼げるようになってからは、やよい軒にお世話になっている。

 

こんな生活も、あとわずかだ。

 

この家での生活には、本当にたくさんの思い出がある。ここに書いていないことも含めて。

 

本当に寂しい。